両親の仕事の関係で2歳ごろから10歳ごろ迄アルゼンチンで生活をしていました。

日本で過ごした小学生時代と違うことろがたくさんあるので、思い出せる限りで書いてみたいと思います。

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ここが私が通っていた小学校の写真です。

このアルバム?を開くと集合写真が貼られています。1

 

この写真は3GRADO、小学3年生のときですね。

 

アルゼンチンの小学校は日本と違い7年生まで、なななんとさらに落第もあります。

 

同じクラスの人のなかには、年上なのに外国人の私より文字すら書くことができない人もいました。

さらに私が通っていた頃は7年生までが義務教育だったので、卒業できない人はいつままでも卒業できないんです!!

 

私は幸い4年生までに落第は一度もありませんでしたが。

 

それからアルゼンチンの小学校は大体のところは制服があります。

学校によって少し違うかもしれませんが私が通っていた小学校は、(一度転校しましたがどちらも)白の白衣、もしくは女子は白いワンピースの形になっている制服のどちらかを着用しなければなりませんでした。

 

白衣はお医者さんみたいですね。

 

ただ、制服の下には普通の洋服を着ているので、結局毎日着る服を考えないといけません。

と、いってもアルゼンチンの人は対しておしゃれに敏感ではないので、毎日同じものを着ている人は山ほどいます。ので、気にする必要ありませんね。

 

制服を着用すること以外はこれといって校則のような決まりはなく、私は4歳からピアスの穴も開けましたし(向こうでは普通なんです)、学校さえきちんと通っていれば他はなんでも自由でした。

 

アルゼンチンは中学校に上がってもそれ以上でも、ピアスがだめ、髪を染めてはいけない、靴下は三つ折(極端ですが、私が通った日本の中学はそうでした・・・)などという規則はないので、私が日本に帰ってきて校則に縛られたときは窮屈で仕方ありませんでした。。

まゆげを書いただけでよく(遅い脚で笑)先生に教室内で追いかけられたものです。。

ピアスの穴が開いているだけで、不良だと・・・へえ。違いますが。

 

と、アルゼンチンでの学校生活はいいことばかりでもなく、生徒たちが整列していると必ず、こっちの頭からそっちの頭へ、何かが飛び交うのを目にしました。

 

そう、それはシラミです。

 

そうしてシラミたちは次々と島を替え、すくすくと育っていくようです。

 

シラミ取り専用のとく部分の幅がかなり狭くなっているくしを使ってシラミさんたちを退治するのが私というか、下校後の母の日課でした。

 

あの頃は毎日何十匹も退治していたことを考えると・・・身の毛がよだちます。

 

その点日本は、なににおいても清潔で過ごしやすい国ですね。

帰ってきて日本の過ごしやすさに改めて気づかされたのでした。

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