カンボジアの子供たち1995~シェムリアップの中山君~ カンボジア内戦が残した爪痕

引用元:http://www.jenningswire.com/specialty/observations/a-rudeness-born-of-desperation/

 

 

 

 

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学校に行かず(行けず)に仕事をする

カンボジアの子供たち


シェムリアップはアンコールワットなど世界的に有名な遺跡が多いところです。

私がツアーのお客様といっしょに訪れていたのは、1995年~1997年くらい。

カンボジア内戦の後に駐屯していた国連平和維持軍が撤退した、2~4年後です。

 

遺跡には子供たちがたくさんいました。

学校に行かず、遺跡で遊びながら仕事している子供たちでした。

 

 【コーラ売りの少女】


 

10才にもならないくらいの小さくて細い女の子が、蓋つきバケツを持ってツアーの後ろを黙ってずっとついてきました。

とても暑いので、ツアーは遺跡見学中に時々休憩をします。

今は禁止されているかもしれませんが、アンコールワットの回廊に腰掛けて一息入れたりしていました。名称未設定64引用元:http://photos.uncorneredmarket.com/Asia/Cambodia/Siem-Reap/i-JDrG4JT/A

 

そんな時、少女がすかさずバケツを開けて、中から冷たいコーラやミネラルウォーターを取り出して売ってくれるのです。

自動販売機も売店もない遺跡で暑さに参っている時、本当に嬉しいサービスでした。

買えとアピールもせずおとなしく一緒に歩いて、飲み物が欲しい時にサッと取り出すけなげさに、お客様もメロメロになっていました。

あのバケツはずいぶん重かったんじゃないかと思います。

 

【遺跡は子供たちの遊び場】


  名称未設定65引用元:https://www.flickr.com/photos/zongo/1540279539/in/photolist-jz2sh1-jz2sHZ-jz282s-jyXRzu-jyMaQm-93eye-4woj2t-9kKa1-eP465a-3m7krM-bWa8CJ-as3ms4

 

アンコールワット遺跡のいちばん奥には、世界でも有数の急な階段があります。

現在は登りやすい新階段が作られていますが、当時は片側に手すりがあるだけでした。

石段がすり減って、ところどころは欠けていて、怖いのなんの…!

観光客が階段にしがみつきながらよじ登り、こわごわ下りている脇を、子供たちは鳥のように駆け登り、駆け下りていました。

 

【シェムリアップの中山くん】


 観光客について歩くうちに外国語を覚えてしまう子供たちも多かったです。

ガイドが説明している時には邪魔はしないのですが、

見学後の自由散策の時間になると、「あれは何」「これは何」と、指差して教えてくれたりしました。

個人旅行者にはぴったりくっついて、いっしょうけんめいプライベートガイドを務めようとしていました。名称未設定66

 引用元:http://sam-and-paul.com/2012/12/angkor-wat-cambodia/5/

 その中に、日本人旅行者から「中山くん」と呼ばれている男の子がいました。

日本の子供のお下がりの体操服をいつも着ていて、「中山」というゼッケンがついていたからです。

当時、小学校6年生くらいに見えましたが、とても賢そうな顔をしていて、日本語もけっこうできました。

 当時のカンボジアには、まだ日本語を話せるガイドさんがほとんどいませんでした。

ガイドは英語で話し、それを添乗員が日本語に訳してお客様に説明するのを、そばで聞いて覚えたようです。

賢い!名称未設定67

 引用元:http://rekusan.net/archives/50492567.html

ガイドさんに「あの子たちは将来ガイドになったらいいですよね」と言うと、

「そうですね、でも彼らは学校に行っていないから、ガイドのライセンスを取ることは難しいでしょう」

と言っていました。

 

 

続きはまたそのうち、別の記事でお話しいたします・・・

 

※引用した画像は1995年当時のものではありません

 

 

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